福岡高等裁判所 昭和25年(う)140号 判決 1950年9月29日
控訴人 被告人 藤尾保人
検察官 宮井親造関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
被告人の控訴趣意は末尾に添えた書面記載のとおりである。
同控訴趣意について、
案ずるに昭和二十四年五月二十六日法律第百七号道路交通取締法の一部を改正する法律による改正前の同法第九条第一項に、自動車は公安委員会の運転免許をうけ且つ運転免許証を携帯しているものでなければ、これを運転してはならないとの規定は交通取締官が何時如何なる場所において運転中の自動車の検問をなし運転免許証の呈示を求めてもその運転者をしてその場で直ちにこれを呈示させて、その自動車の運転が公安委員会の運転免許をうけた正規の自動車運転者による自動車の運転であることを確認することができるようにして、無免許者による危険な運転を防止し、以て自動車交通の安全を期図する道路交通取締の必要に基く趣旨に出でたものであるから、同条項に、携帯とは、自己の身につけていると、車内に置いているとを問わず、直ちに呈示し得る状態における所在の認識ある所持をいい、たとい、客観的には呈示可能な状態であつたとしても、運転者が運転免許証の所在を認識していなかつたために、直ちにこれを呈示することができなかつた場合には、右にいわゆる携帯に当らないものと解するのを相当とする。今原判決の挙示している証拠によると、被告人は判示日時、貨物自動車の運転中、福岡市千代町交叉点附近において検問をうけ巡査から運転免許証の呈示を求められた際、身の廻りを探したが、その所在が分らなかつたために、これを呈示することができなかつた事実が認められるので被告人は運転免許証の所在の点検もせず確認しないまま運転を開始し、自動車を運転していたものという外ないのであるから、たとい所論のようにたまたま同乗していた助手の上衣のポケツト内にあつたことが後刻判明したとしても、前段説明したところにより被告人は運転免許証を携帯しないで自動車を運転していたものといわねばならぬ。
すると、原判決が証拠によつて被告人は公安委員会の運転免許証を有するものであるが、たまたまこれを携帯しないで判示日時福岡市から香椎町方面に向け普通貨物自動車を運転したものであるとの事実を判示して、判示法条を適用処断したのは正当であつて、原判決には所論のように事実の誤認若しくば法令の適用を誤つた違法の点なく論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白石龜 裁判官 藤井亮 裁判官 大曲壮次郎)
被告人藤尾保人の控訴趣意
無罪をお願するものであります。何故かと云いますと免許証を実は携帯して居つたからであります。それは左の様な理由で御座います。
一、免許証を調べられました時はその前日の昼過ぎより車庫を出まして燃料ポンプが亀裂致しまして漸く篠栗に到着しましたのが三時頃で御座いました製材所に付きました処が長尺物を積んで呉れと云われましたので、制限外の許可を申請に警察署に行きまして免許証を提出して受取る時に申請書を書いて居りましたので受取つた侭上衣の物入に入れてそして帰途で夕立に遭いましてびしよびしよに濡れて終いましたので、直に助手に云付て乾して貰つたのですが、私は乾して居る時にもパンク修理及前記の燃料ポンプの修理をやつていましたので、荷物の積終つたのも知らずにいたのですが、おそくなるから早く行つて呉れと云われて製材所を出たのですが、途中ゴムテープで修理した為ガソリンが漏れて仕方がありません。何回となく修理を反復致しまして專売局の処迄来たのが十一時を過ぎていましたので修理を断念して助手をして会社に連絡させましたが、係が居りませんでしたので其の夜は車に泊りました。そして翌朝早く連絡取りまして燃料ポンプを取替て香椎の新制中学に向う途中、中川巡査にとめられて免許証を調べられたのです。
其の時交叉点を行き過て車を停止して私は降りて中川巡査の前に行き免許証を出せと云われまして免許証人を出して見ましたが、特殊免許証しかありませんでした身の廻を搜したのですがありません。
それで助手に乾して貰つた侭忘れて来たものと思込んで終つて早く取に行かうと思いました。それに中川巡査も直に持つて来いと云われましたので荷物を急で降しに行つたのですが、急いだ為に香椎現場でスリツプして動かなくなつて終いました。止むなく電車で帰る事に致しまして切符を買う為助手が財布を搜して居りますと物入の中から私の免許証が出て来たので御座います。
それで直に箱崎署に行つたのですが中川巡査は居られませんでしたので、翌日持つて行つたのですが何故早く持つて来ないか検察庁に書類出したと云われましたのです。
私は車庫を出る時点検致しましたから大丈夫であると思つて連続運転致して居りましたのですから直に免許証入を見たのですが篠栗で慌てた時に忘れたものと思込んで終つたのでした。全く私の錯誤であり実際は持つて居つたので御座います。
二、昭和二十四年五月二十六日法律第百七号に改正されましたる福岡市交通安全協会発行の道路交通法令のしおりに依りますれば、法の第九条が「自動車運転者はその免許証を携帯すること」と書いてありまして尚罰則は何とも書いてありませんが何故で御座いましようか。
又昨年十二月十八日頃のラジオ放送で札幌高等裁判所にて私と同様なる事件にて過失によるものとして無罪の判決があつたと云う事をニユースの時間に放送されましたので、只今其の事情を調べて貰つて居りますので後で御報告申上ます。